ちょっと物語!
誰にも明かさなかった引退秘話!なんてね!(誰も聞きたくねぇ〜って?)
ノンフィクション80%、フィクション20%の読み切り小説風短編なんぞ作ってみました。(1998年作、1986年の話)
題して・・・・(片岡義男ファンに失礼だろが!)



【 彼のレース、彼女の想い 】



女房・・・いや、彼女と付き合い始めたのは、ちょうどその年の開幕戦が始まる頃だった。

レースの世界に足を踏み入れてはや7年。そろそろベテランと言われる年月だ。
しかし私はプロレーサーではない。しかも筑波サーキットのチャレンジカップという草レースへの参戦である。
だから全てを自分でやる事は当然の事であった。
もちろんたった一人で参戦出来るハズもなく、そこにはトランスポートやら整備やら手続きやらで協力してくれるチームがある。
チームのトップドライバーでありながら、しかしそれでも人手は足りない。
草レーシングチームの台所事情なんてそんなものだ。

(ネコの手よりゃいいか!)

の感覚でタイヤ運び係をさせる為に彼女をパドックに連れ込んだ。
ただそれだけだった。
考えてみりゃ、ただそれだけの為に自宅から2時間も車飛ばして駆けつけてくれる女なんて居るハズもないのだが・・・。

3戦目・・4戦目・・・スタッフと顔を合わせる度に、もう彼女は普通にパドックの一員になっている。

さて、レースも中盤を越すと、そろそろ来年度のチーム内のポジションの話が出る。
もちろん実力においてトップドライバーの座を明渡すつもりは毛頭ない。
しかし来年度はその座を今のセカンドドライバーに渡そうかと迷っている。

オーナーとの話の中でマカオグランプリ参戦の話が出たからだ。
しかしたかだか草レースのしかも万年4位で表彰台知らずのドライバーにそんな美味しい話が来る訳が無い。

万年1位の青木選手(後にF3ヨーロッパ参戦)ならスポンサードの話もあるだろうが、トップ争いに絡んではいるものの万年4位に甘んじている自分にはスポンサードは無い。

話はミラージュ・マカオ仕様のマシンを自費購入する事を条件に渡航から参戦の費用をチームが持つと言うものだ。
(マシン代800万円はキツイなぁ・・・)

ただ頭に反して体は喜んでいる。
指先が震えているのがその証拠だ。

しかし他に問題が無いわけではない。
今期の終盤戦に入る頃には真剣に彼女と付き合っていたので頭がイタイ。

(このマシン購入したら将来に渡って結婚の話は出来ないな・・・つまり別れるって事か・・・)

マシンを買うだけではレースにならない。
そこから金が掛かるのだから。
1年間勝ち星が無ければすぐに1000万円程度の借金になる事くらいは予想できる。
(今までの借金を合わせたら2000万円は超えてしまう・・・・・しかしチームもよく貸してくれるよ・・・・・すでにそれがスポンサードか?)

借金まみれで結婚も出来ない男と判っていて、彼女に無駄に年齢を重ねてもらう訳にもいかないではないか。

(・・・困った・・・)

結局、結論は最終戦後の会議まで待って貰う事にした。
最終戦を前にしてドライバーズポイントは3位。
コンストラクターズポイントは2位。
(常に3台で4位〜8位のフィニッシュじゃぁそうだわなぁ)
現在まで全戦リタイアなしの4位ばっかり(やっぱし・・)。

秋も深まった最終戦。
ここで表彰台をゲット出来ればコンストラクター部門で逆転優勝ができる。
そうすれば来年度からのチームスポンサード(と待遇)が破格の扱いになるのだ。

とにかく無心で望もう・・・。
しかしスターティングポジションは今期最悪の7位。
プラクティスでタイヤにマメ(急激な温度差でホットスポットを作ってしまう事:現在のようにタイヤウォーマーなんて贅沢なものは無い)を作ってしまいそのままアウトだった。
それにクラッチトラブル付きのオマケもあったのでそれ程心配はしていない。
メカニックが徹夜でミッションを降ろしてくれたのだから。

このコース上の高揚状態では、すでに彼女の姿よりミラージュの事で頭が一杯になっている。
いよいよ本選開始!
レッドシグナルの点灯と同時に5千回転で待機。
クリスマスツリーの動きと左足の呼吸でわずか1秒でオープニング体制が決まる。
グリーンシグナル!
フライング寸前の完璧なミート。
(いやぁ〜このメタル(クラッチ板)最高だぁ〜)
スルスルっと3台の前に出る。
1コーナー手前でポジションは4位。
早くも「見てろよ青木」追撃体制に入る。

直管のサイドマフラーからは火柱と共に爆音が響いているハズだし、大音量の場内スピーカーからはウルセー実況ががなり立てているハズだ。
しかし今はヘルメットの中の呼吸音しか耳には届かない。
視線には前車のテールしか入っていないし、コーナリングの横Gに耐える歯ギシリに気づくだけで頭は空っぽである。

今、完全に彼女の事は飛んでいる。

タイヤが路面とのミューを忘れる寸前でのアクセルワークと500回転ハズすとバラバラになるノンシンクロミッションのミートに集中出来ている。

レース終盤までに1度だけ第二ヘアピンの突っ込みでラインをはずした。
終盤になるとラインをタイヤ2本分もはずすとゴムカスで一杯である。
その結果四輪ドリフト状態に陥り大きくタイムロスをしてしまう。
1秒ドリフトしている間に前車のテールは遥か先に行ってしまうのだ。
中盤でその加速からはらんだ前車のインを突いての3位を維持。

残り2ラップ。
2位の前車との差、約0.5秒、20m強程付けられたままだ。
しかし4位との差は1秒以上ある。
本来ならここでマシンを労わり、限界走行はしない。
しかし今年の最終戦である。しかも表彰台はすでに手中に納めたものの目の前に2位が居るではないか。
「いっけぇ〜」である。

ラストラップ直前の最終コーナー突っ込み。
今までにもめったにない完璧なクリッピングポイントを捉えた。
おそらくタイヤ半本分も外してない、5cmも空かない完璧なラインに乗った。
勇んでフルスロットルに移る。

クリッピング通過直後からのフルスロットルは危険が一杯だ。
思惑を外したラインであればゼブラゾーンでタイヤを引っ掛ける事が出来ずに、そのままコースアウトしてしまう。また無理にこじれば四輪ドリフト状態だ。
こうなると後続車のカモである。結局レースを諦める結果だ。

前車より二呼吸早く踏めた。
最終コーナー立ち上がりからスタートラインまでの距離でスリップストリームに入れる車間まで一気に詰めた。
「たのむ!入ってくれ!!」
スタートラインを通過した直後、限界加速のはずのマシンが前から思い切り引っ張られる。
「入った!!」
ここで一気に前車の後ろ20cmまで詰める。
なぜなら、本来ならそのまま100cm手前でインに切れ込めば、一車両分くらいは真空加速状態のまま並ぶ事が出来る。コーナー直前でインに並ばれたらおしまいだからである。
しかし筑波というコース設計上それは難しい。
余りにも距離が短い為だ。スタートラインから第一コーナーまではゆるく登った絞り気味のレイアウトな為、減速せざるを得ない。
無理に並んでもフルブレーキの末、被せられて、かえって後続車との距離を詰めてしまう。

しかし第一コーナーを立ち上がった時点でプッシュを開始すれば、第二ヘアピンの立ち上がりからバックストレートで再びスリップを使ってインを抑える構図が出来上がっている。

(勝った!・・・初の表彰台はちょっと高いってかぁ〜・・・)
頭の中でミラージュがこっちに向かって微笑んでいる。

とにかく前を空けない姿勢を保ちながら第一ヘアピンからダンロップ下のS字への進入体制に移る。

と、その時!思わぬ事態に遭遇してしまった。
スタンド前ストレートのスリップストリーム劇で、前車の動揺が予想以上に大きかったらしく、S字にオーバースピードで突っ込んだのだ。

(ヤバイ!)

慌ててエンブレを効かす。
スッと離れたものの、やはり前車のケツが流れたがっている。
もともと「あいつオーバーステア気味だなぁ」と思ってたんだ。
必死でカウンターを当てているのが前輪の細かな挙動で良く判る。
ついに流れ始めた。

オーバースピードでのカウンターは直進制御は出来るもののアウトに立て直す事は難しい。そのままアウト一杯からインに切れ込み始める。

さぁ、どうする!
前車の動きは把握した。
しかし如何せん車間がない。しかもこっちも目一杯の加速をしてスピードが乗った直後だ。

ここで後続車が取る手法はたった一つしかない。
こうした複合コーナーではさらに加速しながらラインをクロスしてアウトに逃げるのみだ。
しかしその場合でも回避出来る確率は70%。
ほぼ3割の確率で接触する。

接触すれば前車はただでさえインに切れているのだから、それがさらに激しくスピンしならイン側のガードレールへ。
そして後続車は右側フレームのみを強打する関係から、これもインにスピンしながら直進し、逆コーナー出口のアウト側のガードレールへ。
いずれにしても大破は免れない。

さぁ、どうする!
ここまで恐らくコンマ1〜2秒の時間なのであろう。
そしてその後のコンマ1〜2秒間、何故か脳裏に彼女の笑顔が浮かんだ瞬間!!信じられない事が起きた。

左足がクラッチペダルを踏みつけ、右足つま先がフルブレーキングを開始し、左手がシフトダウンしながら、右足かかとが回転を合わせ、そのまま右手がインにステアしたのだった・・・・。

インに流れる前車を回避する為に、減速しながらインに逃げたのである。
レーサーとして絶対にしてはならない事だった。

再び繰り返すが、私はプロドライバーではない。しかも草レースである。
プロドライバー同士の戦いであれば、こんなシチュエーションは幾らでもあるし「絶対にしてはならない事」ではない。命が大事である。
しかしそこに到達すべきチャレンジする場では、大幅な戦意の喪失となり長期スランプに陥る最大の要因になるのだ。

マシンが無傷のままイン側の芝生に止まった時、前車は目の前でこっちを向いていた。
後続車が爆音を立てて通り過ぎる。やけにうるさい。

守るものを得た時、失ったものを感じた。

(もう・・・・引退・・・・なのかな・・・・)

頭の中でミラージュが小さく半透明になって走り去っていった。
なぜか涙が溢れた。

【完】





どおどおっ?
面白かったぁ?